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奈落の谷間: 何とか道を開きたい

奈落の谷間: 何とか道を開きたい

奈落の谷間: 何とか道を開きたい
著者: 豊島智恵子
Kindle版: 96ページ
発売日: 2018-09-27

「マンハッタン物語」とも呼べる、
男と女の出会い
交際が始まって、長引く関係
深渕に落ちていく
そして、破局
奈落の底
女として、泣くにも泣けない
立ち上がる他はない

 当人生エピソードの発着点は「マンハッタンで何とか道を開きたい」の、筆者が企てた人生リセット、二度目の「マンハッタン・トライアル」だったのだが。マンハッタンに着いた矢先、フィルムメーカーと名乗る、実は、アメリカテレビニュースショー最高聴衆率を誇る「60メネッツ」編集者の一人と出会い、しっこく、追及されて、関係が始まった。

 初回の「マンハッタン・トライアル」は、その四年前。大卒後、駆出しアーチストとして、西海岸から三日三晩、グレイハンドバスに揺られ、全く宛無しの心細い旅でマンハッタン入り。何とか難関突破で、ハドソン河沿いの古マンション内一室を借りて、四ヵ月、抽象画に没頭した。持参金も尽きる頃、ソーホー在住の日本人女流画家とロフトシェヤ、又、ウォール街東銀勤務という幸運に恵まれ、その二年後、独立。その以降、ウォール街近辺の倉庫内、又、ブルックリンの車庫上、果ては、バモント州山奥で孤独に耐えながら、画家生活を追及。性根尽きて、命繋ぎに里帰り、出直しを誓った。そして、第二「マンハッタン・トライアル」〜何とか道を開きたいとなった。

 年は三十を過ぎた。まともな異性関係があっても不思議ではなかった。その関係はあれやこれやと男の献身的な愛で始まり、行先不明ながらも三年間続いた。著者はその間、夜は美術学校、昼間は日系テレビ会社コーデイネーター、又、その後、ビジネス雑誌記者として、カメラマンを引き連れ、マンハッタンを駈けずり回った「何とか道を開きたい」。が、結局、この悲惨な始末。悲嘆に暮れても、立ち上がる他に生きる道はない。自分に明瞭な人生計画が欠けていた事や、又、曖昧な社会意識と方角不明の人生が災いを招いたと反省。この苦境から抜け出るには、学生時代、苦学しながら修得した教育に頼る他は無い。その道を更に追求してはどうか?何か道が開けるかも知れない。微かな希望が湧いた。
 その夏、ニューヨーク大学院美術修士課程「ヴェニス・プログラム」入籍。偶然にも、プログラム参加者の大半がアメリカ各地から集まった美術教育者。その彼等と共にヴェニスにて、グループ活動に関与しながら、美術的、更に、社会的視野を深め、又、教師仲間も出来て、プログラム修了後、ニューヨーク市ハンターカレッジにて特殊教育フェローシップを獲得。それと同時に、ニューヨーク市公立小学校特殊クラス教員職を授かった。
 これでもって、長い行先不明の人生に終止符を打つ。
 決して、負けないぞ!
 
 と言う次第で、本書は、異性との挫折の物語ではあるが、それと同時に、女の独立への道、人生リセットの物語でもある。その経路が、筆者独自の感性と文体で、後世、「狂騒のニューヨーク八十年代」と呼ばれた当時代を背景に恥じなく描かれている。又、当時代ならばの、マンハッタン・ナイトクラブ情景、ライブコンサート、ミュージックビデオ、ヒップハップ、パンクロックで明け暮れる若者文化と共に、当時代のシンボル、ヤッピーライフスタイルなど、著者が雑誌記者として対応した数々のエピソードは興味深い。又、筆者の有名人体験談も面白い。
 現在、世界のどこかで奮闘中の独身女性よ、負けずに「頑張って!」 

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